九州鉄道記念館戸畑分館(111)

  鹿児島市電の方向幕 鹿児島市電は大正18年に開通し、鹿児島市内を伊敷町、清水町、鹿児島駅前、谷山を結び、最盛期には総延長19.2kmを誇りました。昭和60年には伊敷町線3.9km、上町(かんまち)線2.2k … 続きを読む

九州鉄道記念館戸畑分館(110)

「若松工機部」銘板 国鉄時代、若松区には国鉄若松工場がありました。おもに筑豊の石炭車の修繕を行っていたとでも有名です。若松工場は第2次世界大戦末期から昭和25年まで「若松工機部」と名乗っていました。これは、鉄道車両の修繕 … 続きを読む

九州鉄道記念館戸畑分館(109)

昭和36年の国鉄鹿児島工場の更新修繕銘板 昭和36年~38年の3年間、鹿児島工場には鋳物職場があったと言われています。この銘板はその頃作られた銘板です。鉄道銘板研究の大家、周田先生にこの銘板を鑑定して頂いたところ、鋳造は … 続きを読む

九州鉄道記念館戸畑分館(108)

名古屋市電の車庫銘板 本院の院長は父親の転勤で小学校時代を名古屋市で過ごしました。ちょうどこのころに名古屋市電は廃止されています。昭和49年、最後まで残っていた19.8kmが全廃されました。この銘板は当時、名古屋市電につ … 続きを読む

九州鉄道記念館戸畑分館(107)

宮之城線の行先札 宮之城線は鹿児島県の川内から薩摩大口までの66.1kmをかつて結んでいましたが、昭和62年1月10日に廃止されました。このサボはその宮之城線のものです。薩摩○○行という琺瑯サボは大変数が少なく、現在確認 … 続きを読む